『記憶』という定義を統一することは難しく、様々な考え方があります。
広辞苑から参照すると、
心理学的には、「過去の経験の内容を保持し、後でそれを思い出すこと」と定義されていますし、
生物学的には、「生物の過去の影響が何らかの形で残ること」と定義されてます。
本記事では、人に関する記憶と、記憶障害の分類について解説したいと思います。
記憶の過程
記憶の過程は、記銘(符号化)→保持(貯蔵)→想起(取り出す)→忘却という流れになっています。
臨床的には、「想起」の部分が症状として現れますが、記名・保持・想起のどこが障害されているかは、分からない場合が多いです。
「忘却」とは、そのままの意味で「記憶を忘れる」過程であり、悪いイメージだけがあると思います。
しかし最近の研究では、「忘却」という機能が、運動学習において学習を最適化する役割を担っているということが分かってきたそうです。
参照:東京大学、忘却がもたらす驚くべき効果ー軽微な忘却は、運動指令を最適化することを理論的に証明ー
簡単に説明すると、「少しずつ忘れる」ということは、「全く忘れない」場合より、質の高い学習が出来るということです。
今後、スポーツやリハビリテーションの分野での活用に期待さですね。
記憶の分類
記憶には様々な分類がありますが、大きく分けて短期記憶と長期記憶に分類されます。
短期記憶
数唱や単語(単純な暗記)など、少量の情報を短時間保持する記憶、あるいは入力された情報をそのまま一時的に保持する記憶のことです。
作業記憶(ワーキングメモリ)がこれに関連します。
■ ワーキングメモリ
作業や動作に必要な情報を、一時的に記憶し処理する能力のこと。短期記憶同様、容量は少なくすぐ忘れてしまいます。短期記憶と異なる点は、「作業を遂行するための記憶」という点です。
電話で聞いた内容を、記憶として保持しメモに書き起こしたりする時に必要な記憶です。
長期記憶
長い期間保持される記憶のことです。
記憶した内容から注意がそれ、一定の期間が経ってから想起する記憶です。
短期記憶もリハーサル(記憶した情報を繰り返し復習すること)することで、長期記憶へとなり得ますが、基本的に長期記憶は陳述記憶と非陳述記憶に分類されます。
■ 陳述記憶
陳述記憶とは、記憶を言語的に説明・表現できるかどうかに関わらず、意識上に表現できる記憶のことを言います。
陳述記憶は、意味記憶とエピソード記憶に分類されます。
【意味記憶】
物体・事実・概念など、生まれてから今まで学習してきた知識全般の記憶のこと。
「りんごは赤くて甘い果物」など、いつ覚えたかは明確ではないが、いつでも想起することが可能なことが特徴です。
【エピソード記憶】
「いつ・どこで・何をしたか」という個人的体験や情報に関する記憶。
個人に関する記憶のことを自伝的記憶、社会的な事件や出来事に関する記憶のことを社会的記憶と言います。
記憶として入力された過程(記銘)と、思い出す過程(想起)という二つの過程が明確なのが特徴です。
自伝的記憶:去年の夏はみんなと千葉でキャンプしたな〜 など
社会的記憶:去年の紅白は2年ぶりに白組が勝ったな など
■ 非陳述記憶
言葉で表現することが出来ない記憶のこと。体の記憶や、潜在的記憶とも言います。
非陳述記憶は、「手続き記憶」「プライミング」「条件付け」に分類されます。
【手続き記憶】
動作や行為など、いわゆる「身体で覚えている」記憶のことです。
自転車の乗り方や、投球動作など、一度覚えると無意識に行える記憶であり、高齢者でも忘却しにくいと言われています。
【プライミング】
前に入力された情報が、その後の情報や行為に影響を与えるような記憶のことです。
小学生の頃、よく10回クイズで遊んでませんでしたか?
「シャンデリアって10回言って!」「シャンデリア、シャンデリア・・・シャンデリア」「毒林檎を食べたのは?」「シンデレラ!」「白雪姫でした〜!」
ってやつですね。笑
これも「シャンデリア」という言葉の記憶(プライミング)が、無意識に回答に影響しているという現象であり、プラミイング効果と言います。
【条件付け】
ある記憶によって、「条件反射」や「行動の強化」が生じるような記憶のことです。
例えば、このような有名な実験があります。
犬にメトロノームを聞かせます→犬に餌を与えます→これを繰り返します(上記の過程を条件付けと呼びます)
すると、犬はメトロノームの音を聞いただけで唾液が出るようになる。
このような条件反射のことを「古典的条件付け」と言います。
また、ある刺激のもとで行動することにより、行動の変容や学習が生じることを「オペラント条件付け」と呼びます。
オペランと条件付けの実験には以下のようなものがあります。
スキナーはラットを箱に入れました。その箱にはレバーがあり、レバーを押すと餌が出てくる仕組みになっています。初め、ラットは箱の中を走り回るだけでしたが、偶然レバーを押した時に餌が出てきました。すると、その後ラットは頻繁にレバーを押すようになりました。
記憶障害の分類と症状
基本的に、「記憶障害」とは「エピソード記憶の障害」と「意味記憶障害」のことを指しますが、今回はこれに加え「作話」の解説もしたいと思います。
■ エピソード記憶の障害:前向性健忘と逆向性健忘
特定の場所と時に体験した出来事(エピソード)を思い出せなくなります。
エピソード全般を忘れることもありますし、大まかなエピソードは覚えてるが、断片的に思い出せない場合もあります。
エピソード記憶は、さらに前向性健忘と逆向性健忘に分類されます。
前向性記憶とは、脳卒中や頭部外傷など、神経機能の損傷の「発症時点」が明確な場合、発症時点より新しい情報を覚えられない障害のことを言います。
一方、逆向性障害とは、発症時点より前の情報を思い出せない障害のことを言います。
逆向性健忘は、比較的短い期間で回復することが多いです。
例1)脳卒中発症前に彼女と行ったデートのことを覚えてない
例2)家族と会ったが、いつ会って何の話をしたかは思い出せない
■ 短期記憶障害
臨床的には、短期間で起きた新しい出来事や、情報を思い出せなくなることを指すことが多い。
例1)ついさっき今日の日付を教えてもらったが、思い出せない
例2)さっき家族と会ったことを忘れてしまう
医学的には、数唱や単語のような、少量の情報を短時間保持することが出来なくなることを短期記憶障害と定義しているようです。
例)一定数の単語を覚えてもらい、その直後に思い出すよう指示すると思い出せない
例)単語の記憶・想起は出来ないが、意味のある文章や物語は可能
■意味記憶障害
言葉の意味や、物の名前や使い方など、「知識」と呼べる記憶が幅広く、または部分的に障害されます。
例1)言葉や物の名前が思い出せず、伝えたいことが正確に伝えられない
例2)「和食と洋食はどちらが好きですか?」→「わしょく?あ〜…わしょくってなんですか?」
■ 作話
意図的ではなく、嘘をつこうと思っている訳ではないが、記憶内容を変造し実際に起こっていないことや、事実ではないことが、その人の記憶として現れてしまう病態のことです。
例1)「東京にいる息子が帰って来るので(←実際は違う)、空港まで迎えに行ってきます。」と身支度を始める。
例2)Aさん「お久しぶりです。」→ 患者「この前あったばかりじゃないですか。駅前の美味しいショートケーキまで頂いて。ありがとうございました。」
その人にとってはそれが事実のため、比較的具体的な内容を表出します。
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